森羅万象集

2020.08

夏の夜

森羅万象、天地万物がそれぞれの存在を示す時間。遠くに聞こえる獣の鳴き声、虫が羽を擦り合わせる音、喉を膨らませては引っ込めて単調に音を出す蛙、まだ寝ないのかな、明るいライトの下で何やら作業をしている人、そして輝く星たち。昼間に姿を見せない分、人間が好き勝手やっている分、夜になると宴が始まる。猛暑の日差しが山の彼方に去り、また次に顔を出すまでのひとときの安息。あれほど暑いからこその至福の冷涼さ。さまざまな声と涼しそうな月光で心が静まる。我儘はいなくなり、この世への尊敬と悲嘆と。なんとも贅沢なこの時間があることを忘れてしまわぬように、またこの時間に戻ってこられるように、ここに記す。

 

冬の夜

輝く月光が心を空っぽにする。冷える肌と温かい心のコントラストについついうっとりしてしまう。雪なんかが降った日にはもうこれほどの幸せはない。この世の美、儚さ、奇跡の全てが偶然にも重なり、調和し、奏でる旋律。セレンディピティーで成り立つこの世界に戻らせてくれる。冷えた手で、そっとあなたの心に触れたい。心と心を震わせて、熱が生まれて恋に出会う。

 

2020.07

真夜中に蚊に数カ所を刺されて起きた。全身全神経を集中させ、羽音と刺される感覚を感じた瞬間に手が足かで潰しにかかる。そんなことをしていたら思考が自分の寝る態勢に移った。以前は単なる横向きだった姿勢がどうにも具合が悪くなり、ほぼうつ伏せ状態に変わっていた。これは体のバランスが崩れてしまうと思い、天に向かって大の字になりながら、まだ神経は尖らせたまま。そんなことをしているうちに今度は、神経が聴覚へ移った。気まぐれに降る雨の音、昔の情景を思い出す。外で鳴くさまざまな生き物達。トンビ、カエル、虫たち。そういえば昨日、野良猫を見た。生きた蛇も道を歩っていた。意識がさまざまな生き物たちに移っていった。彼らの世界を理解することはできない。しかし彼らの世界は必ず存在する。この世界をなんと表現すればよいか。「森羅万象」をここで人生で初めて使わせてもらいたい。そして、今度は「なぜカエルや虫たちは、夜にこんなにも大騒ぎしているのか」という内容の文章を書こうと思う。彼らは夜に密かに人間の知らないところで宴を楽しんでいるのだろうか。

 

2021.10.11

実家に帰ると、長い間見かけなかった多様な生物に出逢う。猫、ヤモリ、カエル、クモ、ヤスデ、アリ、蝶、ガ、セミ、コオロギ、バッタ、タヌキ。みんなどこにいたんだろう、寧ろ僕がいなかっただけだと思わせられる。